神々の聖地・出雲国に受け継がれる文化や食、そして人々の営みをひもとく「奥出雲NAORAI」の連載シリーズ。
第3回は、2026年7月に、8年ぶりに架け替えられた出雲大社神楽殿の大しめ縄を訪ねます。制作を担う奥出雲・飯南町の『大しめ縄創作館』事務局長・那須久司さんに、大しめ縄づくりに込められた祈りや、地域の人々が受け継いできた誇りについて伺いました。

出雲大社を訪れる人々が、その姿に深く心を打たれるもの。その一つが、神楽殿に懸かる大きなしめ縄の悠然とした姿ではないでしょうか。
この夏、8年ぶりとなる大しめ縄の架け替え作業が行われた大しめ縄の大きさは、長さ約13.6メートル、重さ4.7トン。
稲わらの匂いが心地よく香る、その大しめ縄を目の当たりにしたとき、そのあまりの大きさに圧倒的な畏怖の念を抱くと同時に、不思議と温もりを感じたのが印象的でした。
しめ縄が持つ意味は諸説あるそうですが、神々の空間と俗世を隔てる大いなる結界としての存在もその一つ。しかし、出雲大社の大しめ縄は、人を拒むのではなく、見る者を優しく迎え入れるような圧倒的な包容力を湛えていたのです。

出雲大社の本殿といえば、日本一の大きさを誇ることでも知られていますが、古代の出雲大社御本殿はもっと大きく、現在の約2倍にあたる高さ48メートルもの偉容を誇っていたという記録が残されています。出雲大社の正式な読み方は「いずもおおやしろ」。日本神話の中心的な神様である「大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」を祀る、格別に大きくて重要な社であることから「大社(おおやしろ)」と名付けられたといいます。
本殿、そして大しめ縄の壮大なスケール感。それらを目の当たりにすると、あらためて、出雲という土地には人間の尺度を遥かに超えた巨大さに神を見出す美意識が息づいているように感じます。

一本のしめ縄に綯われるもの
大しめ縄が作られる、奥出雲エリアに位置する飯南町を訪ねると、山々に囲まれた土地には大しめ縄の素材となる稲が青々と育つ風景が広がっていました。
稲を育て、刈り取り、乾燥させ、下処理するという行程を毎年繰り返し、ゆっくりと時間をかけて素材を揃え、架け替えのその日に向けて、少しずつ、少しずつ縄を“綯う(なう)”飯南町の人々。 美しい奥出雲の風土と、そこに関わる数え切れないほどの人々の想いが出会い、ひとつに綯われていることが伝わってきます。
神楽殿で大しめ縄を見上げたときに胸に迫ってきた畏怖と温もりは、間違いなくこの土地と人々の営みが表出したものでした。

昭和56年(1981年)に出雲大社の神楽殿が新築された際、大きくなった神楽殿に合わせて巨大なしめ縄が必要となり、制作を担ったのが飯南町の人々でした。
「中国山地の真ん中にある山の中で、なぜ出雲大社の大しめ縄を作っているのか。それがある意味、私たちの一番の誇りかと思います」
大しめ縄作りを請け負う『大しめ縄創作館』事務局長の那須久司さんは、微笑みながらそう語ります。

「自分の生まれ育った町では、こんな日本一、世界一の素晴らしいものを作っているんだということを、子どもたちには大いに自慢してほしいと語りかけています」 子供たちが成長し、例え地元を離れたとしても、彼らの心は常に神聖な出雲の杜と太い絆で結ばれています。子どもたちへと語り継がれるその誇りこそが、大しめ縄を支える見えない芯となっているのでしょう。

飯南町では「誰が職人か」という問いは意味を持ちません。
那須さんは「職人とそうでない人をあまり区別したくないんです」と言います。
夏の炎天下で大しめ縄専用の稲を育てる人、冬の間に藁を一本一本より分ける人など、多くの町の人が関わるのです。そして迎えた架け替え当日、途方もなく巨大なしめ縄の周囲に大勢の人が集まり、それぞれが自分のできる役割を果たし、持てる力を結集して一つのことを成し遂げようとする光景は、見る者の心を深く打ちます。
しめ縄づくりに関わる全ての人が力を合わせ、想いを束ねていくその営みは、まさに人と人が響き合う「直会(なおらい)」の精神とも通じます。

大しめ縄に込められた祈り
その圧倒的な造形は、しめ縄のためだけに栽培された専用の稲から生まれます。非常に弾力のある品種である「赤穂糯」を用いて、まるで大蛇のように本体を編み上げ、硬く丈夫なうるち米「亀治」で、しめ縄にぶら下がる「〆の子(しめのこ)」を形作ります。そして、大しめ縄を吊るす吊り木には、町内産の樹齢100年を超えるヒノキを使うのです。あらためて、奥出雲の技は、種を蒔き、森を育てるという、悠久の時の流れの中から始まっていることを知ります。


この大しめ縄には、どのような祈りが込められているのでしょうか。那須さんに尋ねてみると「しめ縄の意味には諸説ありますからね」と前置きしつつ、こう教えてくれました。
「神社さんや地域にとって大切な秋祭りは豊作への感謝であり、雨が降らないと豊作にはなりません。大しめ縄は、本体が『雲』、三つの〆の子が『雨』、そして白い紙垂が『雷』を表していて、雨乞いのためのものという説もあります」
太くうねる雲から、恵みの雨が滴り、神の威光である雷が揺れる。そこには五穀豊穣を願い、大自然への畏怖と感謝を忘れない出雲の人々の、美しく多様な祈りの形が現れています。人は自然を支配することはできません。だからこそ、雨を願い、豊作を祈り、恵みに感謝する。その祈りが、稲という恵みを通して形となり、一本の縄に綯われていくのです。

大しめ縄を見上げながら感じた、あの畏怖と温もり。それは、奥出雲の大地で育った稲、田を守る人、稲わらを選り分ける人、縄を綯う人、そして、故郷の誇りを次の世代へ伝えようとする人。そんな数え切れないほどの自然と人の営みが重なることで生まれる気配なのでしょう。それはまるで、出雲大社が司る「目に見えないもの同士を結ぶ」という力を体現しているかのようです。
人と自然。過去と未来。土地と人。祈りと営み。大しめ縄は、それらを結びながら、今日も神楽殿に懸かっています。

出雲の祈りが宿る「しめ飾り」
奥出雲NAORAIのギフトに添えられる「ご縁しめ縄飾り」は、今回ご紹介した出雲大社の大しめ縄に携わる飯南町の職人の方たちに、同じ素材で作っていただいています。
美味しさだけでなく 贈る人と受け取る人の心をつなぐこと。
私たちはこの「なおらい」の精神をこめて 大切な人とのご縁を結ぶ贈り物を届けます。











