神々の聖地・出雲国に受け継がれる文化や食、そして人々の営みをひもとく「奥出雲NAORAI」の連載シリーズ。
第5回は、実りの秋を迎えた奥出雲の米づくりに目を向けます。島根県の老舗・藤本米穀店の藤本真由さんに、仁多米のおいしさを育む風土や生産者の工夫、良いお米を見極める視点を伺いました。新米をおいしく味わう炊き方のコツとともに、作り手と消費者をつなぐ想いをご紹介します。

黄金色に色づいた稲穂が風に揺れ、澄んだ空気が山あいを吹き抜ける頃。奥出雲の地にも、待ちに待った実りの季節が訪れます。「奥出雲NAORAI」で扱うお米のふるさとは仁多郡奥出雲町。「東の魚沼、西の仁多」と称され、日本を代表する米どころとして知られています。この地で育まれた極上の「仁多米(にたまい)」。一年に一度、この時期にしか味わうことのできない新米の輝きと瑞々しい香りは、私たち日本人の食卓に格別な喜びを運んでくれるのです。

「毎年新米の季節は、楽しみな気持ちと心配な気持ちの両方がありますね。近年は夏の暑さが非常に厳しく、お米づくりには本当に難しい気候になりました。米の名産地と呼ばれるような土地であっても、必ず良いお米ができるとは限らない状況です。だからこそ、心配が先に立つこともあるのです」
松江市にて明治26年に創業した老舗米穀店である有限会社藤本米穀店の藤本真由社長は新米が出回るこの季節についての思いをこう語ります。気候変動という自然の厳しさを最前線で感じているからこその、率直な言葉。しかし、その不安を打ち消してくれるのもまた、生産者の皆さんの存在なのだと言います。

「厳しい条件の年であっても、素晴らしいお米をしっかりと仕上げてこられる生産者の方々がいらっしゃいます。私はその方たちの仕事を信じていますので、やはり新米を迎える楽しみは大きいです。新米を心待ちにしてくださるお客様に最高のお米をお届けし、『美味しい』という声をお聞きすることが、何よりの喜びですから」
藤本さんの言葉からは、自然に対する畏怖と、生産者への揺るぎない敬意が伝わってきます。
奥出雲の自然環境がもたらす、稲の休息

そもそも、奥出雲という土地の風土は、お米づくりにおいてどのような優位性を持っているのでしょうか。藤本さんは、その秘密を「標高の高さと寒暖差」にあると語ります。
「雲南市や飯南町、そして奥出雲町といった中山間地域は標高が高く、昼と夜の寒暖差が非常に大きいのが特徴です。この寒暖差こそが、コシヒカリをはじめとするお米を美味しく育てるための絶対条件なのです。日中はたっぷりと太陽の光を浴びて光合成を行い、エネルギーを作ります。そして重要なのが夜です。夜の気温が下がらず暑いと、稲は呼吸のためにせっかく作ったエネルギーを消費してしまいます。しかし、夜がしっかりと冷え込めば、稲はエネルギーを使わずに内部へたっぷりと蓄えることができるのです」
それは人間に例えるなら、「夜にしっかりと深い眠りにつき、体力を回復できるかどうか」の違いにも近いといいます。十分な日差しと、涼やかな夜の休息。この自然のバランスが、お米の豊かな甘みと旨味を育むのです。

かつて奥出雲には牛飼い農家が多く、牛に食べさせる藁を安全に保つためにむやみに農薬を使わず、ていねいに田んぼを手入れする歴史がありました。日々の暮らしとお米づくりが密接に結びついたその誠実な営みが、土壌を豊かにし、仁多米の深い味わいの基礎を築き上げてきたのでしょう。
ブランド名ではなく、「人の仕事」を見極める

長い歴史の中で高い評価を確立してきた「仁多米」。しかし藤本さんは、ブランド名だけにとらわれることの危うさを指摘します。
「現在はもう『仁多米だから無条件に美味しい』という時代ではなくなりました。同じ地域であっても、生産者によって出来上がるお米の品質には驚くほどの差が出ます。土壌の設計をどうするか、どのような肥料を与えるか、田植えや刈り取りのタイミングをどう見極めるか。そうした人為的な工夫がお米の出来を大きく左右するのです」
だからこそ藤本さんは、ブランドの看板ではなく、目の前にある「お米そのものの品質」と「人の仕事」を厳しく見極めます。
「本当に良いお米を作る生産者の方々は、『毎年一年生だ』とおっしゃいます。毎年天候は異なり、過去の成功体験がそのまま通用するわけではありません。だからこそ、常に考え、田んぼと向き合い、手間暇をかけているのです。生産者の情熱や意欲は、言葉ではなく、出来上がったお米を見ればはっきりと分かります」

「奥出雲NAORAI」がお届けするお米は、まさにそうした情熱と技術を持った生産者によって育てられた特別な新米です。
清らかな水に恵まれた馬木地区で育った「まきの仁多米」と、大馬木地区産の「なおらい米」をご用意しています。通常、仁多米の産地は標高200メートルほどから始まりますが、「なおらい米」は、標高600メートルから650メートルという、全国的にも非常に珍しい高標高のエリアで栽培された極上の逸品です。
近年の温暖化のなかで、この高い標高がもたらす冷涼な夜の空気が、お米に最高の休息を与え、類まれなる味わいを引き出しているのです。
新米の瑞々しさを引き出す、究極の味わい方

夏の猛暑や秋の長雨など、今年も決して平坦な道のりではありませんでしたが、奥出雲の高標高地で育った新米は、驚くほど素晴らしい仕上がりを見せていると藤本さんは顔をほころばせます。
「炊き上がりの香りが非常に強く、ひと嗅ぎしただけで『新米だ』と心が躍ります。そして口に運べば、しっかりとした粒感、もっちりとした粘り、奥深い甘みと旨味が口いっぱいに広がります。上手に作られた仁多米を食べると、日本人ならではの深い『幸せ』を感じていただけるはずです」
この極上の新米をご自宅で最高に美味しい状態で味わうために、プロならではの「炊き方のコツ」を伺いました。

「よく『新米は水分が多いから、炊くときの水を少なめにする』と言われますが、実はそれは間違いなのです。お米の水分量は一年を通じてほぼ一定です。ではなぜ新米が柔らかく感じるかというと、水分が多いからではなく、収穫して間もないため『お米の細胞そのものが柔らかくて瑞々しい』からなのです。ですから、最初から水を減らしてしまうと、芯が残ったり旨味が引き出せなかったりします。まずは普段通りの水加減で炊いていただき、それでも柔らかいと感じた場合にのみ、二回目から微調整をしていただくのが一番のポイントです」
蒸らしが終わったら、すぐに蓋を開け、天地を返すようにふわりと混ぜて余分な水分を飛ばすことも、美味しいご飯に仕上げる大切な作法です。
さらに藤本さんに、新米の最も好きな食べ方を尋ねると、笑いながらこう答えてくれました。

「よく聞かれるのですが、私の一番のおすすめのご飯のお供は『空腹』です。仕事でも勉強でも運動でも、一生懸命に頑張ってお腹をすかせたとき、そこに炊きたてのご飯があれば、それだけで格別のご馳走になります。もう一つ挙げるなら『塩むすび』ですね。塩がお米の甘みを極限まで引き立ててくれます」
着飾らない、お米そのものの力を信じているからこそ出てくる、究極の答え。炊きたての真っ白なご飯から立ち上る湯気と、健やかな空腹。それ以上の贅沢はないのかもしれません。
つながりを味わう現代の「直会(なおらい)」

出雲地方をはじめ、日本においてお米は古くから神様への大切な神饌であり、神事の後にそれを人々と共にいただく「直会」の文化が根付いています。藤本さんは、ご自身の米屋としての役割を「作り手と食べ手をつなぐ架け橋」だと表現します。
「私たちは米を作っているわけではありません。お米を通じて、食べる方が奥出雲の美しい産地の風景や、生産者のひたむきな姿を想像できるような、そんな橋渡しができればと思っています。一年に一度しか収穫できないこの新米の季節に、最高に美味しいお米を食べて幸せだと感じていただきたい。そして、その『美味しい』という皆様の想いが生産者へと伝わることで、また来年も良いものを作ろうという原動力になります。そうした双方向のあたたかい循環を生み出していきたいのです」
奥出雲の豊かな風土と、生産者のたゆまぬ努力、そして食卓でご飯を頬張る人たちの笑顔。そのすべてが一本の線で結ばれたとき、日々の食事は、大いなる自然と人とが響き合う現代の「直会」となるのでしょう。 実りの秋。一粒一粒に神聖な生命力が宿った奥出雲の「新米」とともに、心と身体が満たされる、幸せな食卓をお楽しみください。












